ようこそ!このプログは,地方都市在中の私ことフルカワヒロミという腐れ外道が,これまで音楽活動等をする際に使っていた自己オフィスが有名無実化していることを嘆き,個人的な情報発信(というか,音楽を中心に好きなモノを好き勝手に語る)の場として,皆様のお目汚しを気にせず,書き殴っているものです。これを読んで同調してもらえたり,興味を示してもらえれば光栄ですが,なにせ不親切きまわりない内容ですので,更に深く調べたい方はリンク先やGoogle等の検索サイトでお願いしますm(_ _)m

SOMEDAY/佐野元春


 先週は歯の詰め物が2日続けて取れたりしたので,体関係の不調もこれで終わりだろうと思っていたら甘かったですね。もっと悲惨なことが今週は待っていましたです。そもそもの発端は連休明けの火曜日,同僚の1人がインフルエンザということで連絡が入り,急遽休暇を取ったのですが,不運にもその同僚の夜勤が翌日だったんですね。で,その同僚のチームリーダーに「誰か夜勤を交代できる人はいないか。どうしてもいなかったら夜勤に穴を開けるわけにはいけないので,私が代わりに夜勤をするよ。」と伝えていたところ,結局,夜勤の交代が可能な人間がいないということで,急遽水曜日に夜勤が入ってしまいました。夜勤だけだったら別に睡眠不足だけなのでいいんですけど,不幸はここからで,夜勤は特にトラブルもなく午後零時を過ぎたので仮眠室で仮眠を取ることにしたのですが,午前3時30分ころに事務室にある緊急連絡用の電話が鳴っているではありませんか。いったい何なんだよと思いつつ,寝とぼけた頭で仮眠用の簡易ベッドから起き上がり,電話のある事務室へ行こうとしたところ,足を滑らして倒れてしまい簡易ベッドの木枠に思いっきり背中を打ち付けてしまいましたです。それでも気を取り直して電話を取り,連絡内容を確認し,必要な処理が終わったのが午前6時だったのですが,これだけなら単なる睡眠不足で良かったんですよ。ところが,金曜日になると背中を打ち付けているのに,なぜか腹の方が痛いので,おかしいなぁと思いつつ,普通に仕事をして帰ったのですが,土曜日になると正直,痛くて仕方ないんですよね。まぁ痛いとか言いながら掃除と洗濯はしましたけど。で,これは病院へ行っておいた方が無難だろうということで,ネットで近所で土曜日の午後も診療をしている病院を探し,受診したところ,なんと肋骨が3,4本折れているということでした。「先生,仕事は行っても良いですか?」と尋ねたところ,「あなたはバカですか。あなたはひょうひょうとしてますけど,肋骨が3,4本折れているっていうのは重傷の域ですよ。必要ならこのまま入院して,安静にしてもらっても良いくらいです。しかも,肋骨が3,4本折れているのであれば,内臓損傷の可能性もあるので,そちらの検査が終わらないと少なくとも仕事に行っても良いとは言えません。」と怒られてしまいましたです。しかも,「午前中に受診してくれていれば今日でも検査できる病院があったかもしれないのに,午後ではそれも無理なので,月曜日に再度受診して,検査を受けるようにしてください。」とまた怒られてしまいましたです。
 というわけで,肋骨にヒビ程度であれば痛みが少し引けばプレトレで走れるなぁと思っていましたが,折れているのであれば医者からOKが出るまではプレトレには乗れないなぁ(というか,病院に行くとき,家から中途半端な距離に病院があったので,初めての病院で,しかも痛みがはしった場合,プレオで行くのは危ないので,プレトレで行こうとしたのですが,痛くてプレトレに乗ることができませんでしたです。)。まぁ,これから思いっきり冬型の時期になるので,どちらにしてもプレトレで走りに行くかどうか悩ましい日が多いのは多いので,あっさりあきらめが付くということはありますが,でも早く直して,プレトレに乗りたいので,カルシウムを取ってGO!だなと思っていますです(ちなみに痛み止めをもらわなかったので,アルコールは飲めるので,当面のつまみはちりめんじゃこにすることにしましたです。)。
 う〜ん,今年の体のトラブルはこれで終わりにしたいなぁ,正直,若くないしね。というわけで,昨日は個人的には結構大変でしたので,いつもの土曜日にブログをアップすることができませんでしたです。

 で,愚痴はこの程度にして,今回も初期の佐野元春のアルバムの紹介ということで,今回は初期の名作と言われる1982年5月にリリースされた“SOMEDAY”を紹介したいと思いますです。このアルバムは,これまでのアルバムとは異なり,ナイアガラトライアングルVol.2の経験を生かした音(要するに大滝詠一の得意技,Wall of Soundって奴ですね。)になっているところが大きく違うのかなぁと思ったりもしますが,やはり“SOMEDAY”が,そしてこのアルバムが売れたことで,佐野元春は国内でのロケンローラーとしての地位を確立することになるんですけどね。
 1曲目の“Sugar time”という曲は,ストリングスに深めのリバーブにあぁWall of Soundだなぁという感じですが,ミディアムテンポのポップな曲がこのアレンジと深めのリバーブに合っていると思いますです。個人的にはガシガシとした硬質な音のロケンロールが好きなんですけど,ナイアガラトライアングル繋がりのポップミュージックとして聴けば十分でございますね。
 2曲目の“Happy Man”という曲は,イントロの性急なアコピのコード弾きから打って変わってロケンロールだなぁと思わせてくれる曲になっています。巻き舌で英語なのか日本語なのか聴き取れないのが初期佐野元春の特徴ですが,本当,この曲は歌詞カードなしで歌詞を1回で理解するのは難しい曲になっています(特に「仕事も適当にみんなが待ってる店までHurry Up,Hurry Up!」のところは最初はなんて言っているのか分かりませんでしたです。)。しかし,「タフでクールで,そしてヒューマンタッチ。まともな暮らしが苦手だと,誰もに言われている。」とか,「ただのスクラップにはなりたくないんだBaby,Baby」とか斜に構えた10代後半から20代前半の心をがっつりと掴む歌詞が素晴らしいですね。とはいえ,個人的には既にスクラップですけどまともな暮らしが苦手なのは変わっていなかったりするんですけどね。
 3曲目の“DOWN TOWN BOY”という曲は,シングルバージョンは結構ハードな感じだったのですが,アルバムバージョンでは甘めのサックスの音や深めのリバーブをかけ,Wall Of Soundで演奏しています。最初は違和感がありましたが,繰り返し聴いていると,唄われている内容も結構ほろ苦な青春の一コマですし,こっちのアレンジ方が良いかな?と思うようになってしまいましたです。
 4曲目の“二人のバースディ”という曲は,どこかで聴いたことがあるようなアレンジの軽めのイントロ(というか全体的に初期角松敏生風味ですかね。)で,佐野元春がサラッと唄っていますです。まぁここまで3曲,結構作り込んでるよねというような曲が続いたので,少し口直しにこういう軽めの曲があっても良いかと。
 5曲目の“麗しのドンナ・アンナ”という曲は,イントロのリバーブの聴いたアコギのカッティングからして思いっきり大滝詠一風味の曲になっています。佐野元春のヴォーカルもなんとなく大滝詠一の唄い方を意識しているのかな?と思えるようなところもありますしね。まぁ,大滝詠一は十二分に偉大な方ですから,影響を受けてもしかたないかなぁと思ったりもして。
 6曲目の“SOMEDAY”という曲は,やっぱり名曲ですよね。街のノイズがS.Eで使われているんですけど,それも本当に曲に良く合っているなぁと思いますです。この頃の佐野元春作品が対象にしている世代が10代後半から20代前半という曲が多いのですが,この曲は20代後半という感じがするのですが,その辺が少し切ない感じをより感じさせるのではないかと思いますです。そういう意味でも歌詞も秀逸で「窓辺にもたれ夢のひとつひとつを消してゆくのはつらいけど。若すぎて何だか解らなかったことがリアルに感じてしまうこの頃さ。」とか,「誰にも従わず,傷の手当てもせず。ただ時の流れに身をゆだねて。」とか若かったころを振り返りながら(といっても,20代後半なんてまだまだ若いと思ってしまう40代後半ですけどね。)今を確かに生きようとする姿を描きながら,それでも「ステキなことはステキだと無邪気に笑えるこことがスキさ。」とそれでも素直に感じたことを感じたままに出すことができるピュアな心を忘れていないというところが佐野元春らしいなぁと思ってしまいましたです(仕事をしていると,ステキでないことでもステキですねと言わざるを得ないことなんて多々ありますからねぇ。でもプライベートでは,私にとってステキでないことは,私にはステキではありません(あなたにはステキであるかもしれないけれど)と言えるようにはしていますけどね。)。
 7曲目の“I'm in blue”という曲は,う〜ん,この曲も大滝詠一のエッセンスを上手く取り入れたポップナンバーになっています。さらっと聴くと耳辺りの良いポップナンバーなんですけど,サビの「Maybe I'm a loser.Baby I'm just a dreamer.かまわないで好きにさせてDon't worry.」っていう歌詞はSOMEDAYが売れる前の佐野元春の心境なのかなぁと少し深読みさせていただきましたです。
 8曲目の“真夜中に清めて”という曲は,イントロのストリングスにまったりとした唄い方は大滝詠一の影響をモロに受けているなぁと思いつつ,ナイアガラトライアングルVol.2の後に発売されたアルバムですから,大滝詠一との共同作業の中で得たものを自分のアルバムで使ってみたいというのは分からないではないのですが,今聴くともう少し薄めて使っても良かったのかな?と思ったりもします。
 9曲目の“Vanity Factory”という曲は,イントロのジャジーなピアノの後はこのアルバムでは唯一とも思えるゴリゴリのロケンロールナンバーになっています。この曲で一番カッコヨイのは沢田研二のコーラスではないかと言ったら,佐野元春のファンには「何を言っているんだ!」って怒られそうですが,正直ヴォーカリストとしての存在感や色気は佐野元春よりも沢田研二の方が上だなぁと沢田研二のコーラスを聴いて思ってしまいましたです(特にこの頃は沢田研二がノリにノっていた時期ですしね。)。本当,沢田研二のソリッドで色気のあるコーラスを聴くだけでも価値のある曲だと思いますです。
 10曲目の“Rock & Roll Night”という曲は9分弱という大作なんですが,ミディアムテンポの力強いロケンロールになっています。「たどりつくといつもそこには川が横たわっている。」という歌詞で始まるのですが,いきなりスプリングスティーンですか?と思いつつも,全体的な歌詞は20代後半を対象にしながら,それでも実直に生きていく(それがきっと歌詞にある「瓦礫の中のGolden ring」なのではないかと思っています。「友達のひとりは遠くサンフランシスコで仕事を見つけた。友達のひとりは手紙もなく,今,行方も分からない。友達のひとりは幸せなウェディング,一児の父親さ。そして同じ幻を見つめていた,まるで子供のように。」なんていう歌詞は40代後半にも十分通じるというか,むしろ今の方が「友達のひとりは手紙もなく,今,行方も分からない。」って言葉が非常に伝わってくるなぁと思ってしまいましたです。しかし,今回アルバムを買って初めて知ったのですが,ラジオで聴いたのは,終盤の演奏がカットされていたものだったということですかねぇ。確かに長尺の曲ですし,終盤の演奏が始まる前にカットすれば2分近く短くなりますし,しかも不自然さもないので,これまでこんな終わり方をしているだなんて知りませんでしたです。でも,終盤の演奏が若干蛇足に思えるのは私だけでしょうかね。
 ラストナンバーの“サンチャイルドは僕の友達”という曲は,佐野元春の弾くアコースティックギターにキーボードとキックだけを加えたシンプルな曲なんですが,前の曲が大作なので逆にシンプルで小品的なこの曲で終わるのは逆にアルバムが締まって良いのではないかと思いましたです。
 このアルバム発売後,佐野元春は単身アメリカへ渡り,その間に初期ベストの“No Damege”がヒットするなど,不在にもかかわらず,その人気が確かなものであることを裏付けたのですが,若干のインターバルを置いてアメリカで自主録音したアルバムはファンを二分してしまったような気がしますが,その辺は次回ということで。

 窓から見える空は青空なのに,どうしてプレトレで走りにいけないんだろうという感じですが,肋骨が折れていたら仕方ないよねぇ。ということで素直に諦めたいと思いますです。昨日もそうだったのですが,当面は土曜日の午後は病院に通わないといけないので,ブログのアップは当面は日曜日ということになりそうです。しかし,次の土曜日は歯医者にも行かないといけないのですが,肋骨が折れているのに歯の治療に堪えられるのだろうか?と思いつつも,まぁ1週間もあれば今よりは少しは良くなっているんでないかい?と楽観的&歯の治療なので胸を押さえるようなこともないので,まぁそっちはそっちで粛々と治療しようかなぁと思っていますです。月曜日は内臓損傷の検査を受けないといけないので,休暇を取るので,もし早めに検査が終わったら目(視神経)の検査も当分行っていないので,検査に行っておこうかなぁと思っていますです。
 しかし,プレトレに乗れない日曜日なんて時間をもてあましてどうしようもないなぁと思っているフルカワでございます。横になっても痛いだけなので,今のところ昼寝もあまりできませんしね。ネットで調べたら,肋骨骨折の治癒期間はだいたい3〜4週間ということなので,1か月は大人しくしておかないといけないかなぁと思っていますです。えぇ,若くはないんだから無理は禁物ですしね。